朝の身支度支援の際、認知症の方やADLが定まらない知的障害者の方の顔を拭く際に、抵抗される事ありませんか?乳幼児でもあります。私は色々な事業所で本当に良く見かけてきました。
仰反るように抵抗されるから“強引”に拭く、擦るように拭く、半ば押さえ込むように拭く、多分ですが日常的な光景なので職員自身も気に留めていないかと思います。
その悪い積み重ねの支援、そのままだと大変な事になります。
私は保育士と幼稚園教諭の資格の為に短大に通いましたが、入学して最初の頃の講義の際、乳幼児期の清潔についての授業の際、講師はこのようなニュアンスの事をおっしゃっていました。
「お母さんや保育士の丁寧な身体の拭き方で、その方は将来綺麗好き(清潔)になる。逆に雑な拭き方だと汚くても平気になる」「特に顔はその傾向にある」
その時は科学的根拠がない綺麗事だと思っていました。今から30年前の話です。
ただ私が幼稚園に就職した際、服を汚ている幼児は、やはり拭く際に顔と身体を仰け反らせる傾向がありました。無自覚です。
「顔を丁寧に拭く」=「綺麗にするのは気持ちがいい」
という経験でなく、
「顔を雑に拭かれる」=「不快」=「顔を拭かれたくない(拭きたくない)」
という経験を幼児期にしたわけです。
かくゆう私もあまり綺麗好きではありません。
私の乳幼児期に、祖母か母が私の顔を唾で濡らしたハンカチなどで拭かれた記憶があります。流石に記憶違いかもしれませんが、身体が顔が抵抗していた記憶はあります。
保育課授業で「ペンフィールドの図」というイメージ図を習いました。(添付)

この図は自身の身体の外界から受けた刺激に対する感覚受容機の範囲の大きさを部位毎にイメージできるように表したものですが、“顔”や“手首より先”が他の部位より大きく表現されていますね。身体の中で顔や手を触られた際には他の部分より感覚が鋭くなります。そのようにヒトの身体は出来ています。
上記のように、感覚が顔や手の平や指先に集まっているんです。
この感覚器に“気持ち良い”刺激か“気持ち悪い・痛い”刺激を、自身で言語を確立する前の乳幼児期に経験するとどうでしょう。脳にある快(好き)・不快(嫌い・気持ち悪い)を司る扁桃体(へんとうたい)という部分の活性で、行為に対する無意識下での反応が決まってしまいます。
「顔を雑に拭かれる」と「顔を拭くのが嫌いになる」のです。
言語で気持ちや物事を考える事を「内言語」という言葉があります。「乳幼児心理学」など保育系の大学では必ず通る講義です。詳しくは色々な意見の方がいらっしゃるので“内言語とは?”でググってください。
この「内言語」は“定型発達(生まれながらの障害のない方)”でしたら段階的に学習していき、自身の脳内にマップの様に概念や自身の好きなもの、知識として埋まっていきます。
ただ、この「内言語」が未成熟の時期に外からの刺激が直接を受けるとその刺激と快・不快が直結します。それは内言語が成長しても、「なんかわからないけど嫌い」「気持ち悪い」という感情になります。(定型発達の方は内言語獲得後に嫌いな理由を“後付け”します)
話を戻します。
認知症の方や知的障害の方の中には「言語認知」に問題がある方がとても多いです。「内言語」が未成熟な状態と同じです。そんな方に気持ちの良いアプローチをするべきところを「忙しいから」「嫌がるから」と強引なアプローチをすれば、綺麗にしている事を嫌がる経験をさせていることになります。
さらにこの抵抗、病院受診の検査や採血などの際に大きな課題になります。
「注射を嫌がる」→「受けさせるために更に抑える」→「注射見るだけで仰反る」→「病院で検査を受けてくださらなくなる」、、、、
最悪、自閉症の方で大病になるまで受信できない、検査できない事に鳴りかねません。
話が長くなりましたが、
たかが「顔拭き」、されど「顔拭き」
皆様の仕事や育児にお役に立てれば幸いです。